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爆笑問題

爆笑問題
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★お笑い力★
芸人に必要と思われる要素を、100点(お笑いパワー)満点で、独断でつけてます。
ファンの方と意見が違う場合ご容赦ください。

ネタ--------100お笑いパワー
トーク------100お笑いパワー
ボケ--------80お笑いパワー
ツッコミ----80お笑いパワー
華----------80お笑いパワー

総合評価-A(紳助さんと並ぶテレビ最強)


明石家さんまとダウンタウンが、若干不調に見えるテレビの中で(視聴率や番組数ではなく、トーク力で)変わらずに絶好調を維持し続けている。ゆえに、現在紳助さんと並ぶテレビ界最強に。20周年を迎え、ますます絶好調。今のところ弱点は見当たらない。

遺恨→

アディダス事件…松本師を「アディダスの広告塔」と公開ディス。太田としてはいつもの毒舌で、深い意味はなかったと思うが、松本師の逆鱗に触れ、楽屋に呼び出される。今田、東野、板尾、木村…というごっつチーム、初期松本軍団に取り囲まれた上で「芸人やめるか、このイスで殴られるか、土下座か選べ」という三択を迫られる。太田は土下座を選択。どこまで本当かわからない伝説だが、以来、松本師の口から「爆笑問題」という言葉は出ず、また、周りも(放送室の高須でさえも)爆笑問題については触れない。逆に、なんでもイジっていく太田も、「ダウンタウン」「松本人志」という言葉は出さない。

「たけしは死にました」事件…オールナイトニッポンで発言。たけし自体はお咎め無しだったものの、太田と並ぶ「たけしの子」浅草キッドの水道橋博士が反応。犬猿の仲に。しかし、最近は若干これをプロレス的にお互い楽しんでいるところがあり、2008年爆笑ヒットパレードでは喧嘩コントまでにしていた。

代表ネタ:時事ネタ

こんな完成度の高い漫才ができるという自信が、強気のトークにつながる

2006年の漫才完成版

爆笑問題の(笑)


略歴

ボケ-太田 光(おおたひかり)1965年(昭和40年)5月13日生まれ 埼玉県上福岡市出身
ツッコミ-田中裕二(たなかゆうじ)1965年(昭和40年)1月10日生まれ 東京都中野区出身

タイタン所属。

日本大学芸術学部在学中に出会い、中退後の1988年結成。ライブハウス『ラ・ママ』でデビュー。その場で太田プロにスカウトされる。ホンジャマカ、浅草キッド等と共に「お笑い第三世代と第四世代の狭間の世代の代表」と言われる。
1988年、『笑いの殿堂』でテレビデビュー。以降順調にレギュラーを増やし、若手芸人のホープとなる。

ショートコント全盛の時代に、「生徒指導室」「東京の不動産屋」などの作り込まれたコントで注目を集めるが、次第に漫才を主体とするようになる。太田の毒に満ちたボケと田中のストレートなツッコミという正統的漫才で人気を博した。

1990年、太田プロから独立。しかし、この独立は一方的に辞める形だった為、太田プロの怒りを買うことになり、一時的に仕事がなくなりテレビからも姿を消す。いわゆる“干された”状態になった。

辞めた理由は、自分達のやりたい仕事がしたかったから、人気者となった2人を当時の担当マネージャーが唆した、など諸説あるが、このことについて自ら話したりネタにすることはなく、周りもその話題に触れることはない(ただしさんま、たけしが共演の際マネージャーとの話について触れていることから実際は後者が原因であると考えられる)。
この時期は、田中は主にコンビニのアルバイトで、太田は妻・太田光代のパチンコやパチスロでの稼ぎで生計を立てていた。太田は暗算が非常に苦手で、レジのバイトをすると客から苦情を言われないようにと釣銭を多く渡す等まともにアルバイトが出来なかった。一方田中はこのまま社員にならないかと声をかけられるほどの仕事ぶりであった。
しかし3年間全く仕事がなかった訳ではなく、オムニバスドラマ番組『悪いこと』では脚本(太田)・出演(太田、田中)、オムニバス映画バカヤロー!4(森田芳光プロデュース)の中の一本では監督(太田)を務めた。また、営業として数多くの予餞会でネタ披露をした。自称「日本一予餞会に出た芸人」。

1993年、自らの芸能事務所「タイタン」を設立。社長には太田光代が就く。

この年からテレビ復帰。漫才コンビとして初めてNHK新人演芸大賞受賞。

1994年、『GAHAHAキング 爆笑王決定戦』で初の十週勝ち抜いてレギュラーとなり、『タモリのSuperボキャブラ天国』内の「ボキャブラ発表会 ザ・ヒットパレード」に出演。

この番組で、ネプチューン、海砂利水魚を始めとする当時キャブラーと呼ばれた若手芸人たちの出世頭となり、再ブレイクのきっかけをつかむ。『黄金ボキャブラ天国』では初代名人に。当時のキャッチフレーズは「不発の核弾頭」。

1994年、日本映画プロフェッショナル大賞・新人奨励賞を太田光が受賞
1996年、国立演芸場花形演芸会 銀賞受賞
1998年、国立演芸場花形演芸会 金賞受賞
1998年、ゴールデン・アロー賞芸能賞受賞
1999年、浅草芸能大賞新人賞受賞
2000年、笑芸人大賞 銀賞受賞、ちなみに金賞はビートたけし
2006年、万年筆が似合う著名人 芸能・ファッション部門を太田光が受賞
2006年、芸術選奨文部科学大臣賞放送部門受賞

放送部門のバラエティージャンルからは史上初の受賞となった。理由は「タモリ、たけし、さんま、紳助の存在が圧倒的な中、10年以上もポジションを得て常に成長しながら抜群の安定感を見せている」とのことである。この受賞は、受賞発表の直前に急逝した久世光彦の強い推薦によるものという。二人が進行するテレビ番組『爆笑問題のススメ』に久世光彦がゲスト出演した(日本テレビ系では2005年12月10日深夜放送)ことがきっかけで、久世が「あの二人にあげればいいじゃないか」と言い切ったといわれる。
この時同時に芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した人物に画家の和田義彦がいるが、その後和田は盗作疑惑で世間の耳目を集めることとなる。一連のTV報道において受賞者が正装して勢揃いした映像が多く使用されたが、和田の後ろにこの2人が映っていたのが印象的であった。

2008年、コンビ結成20周年。テレビ朝日にて6月25日、26日に「爆笑問題結成20周年記念 2夜連続特別企画」として、『クイズ雑学王』及び『検索ちゃん』の2時間特番が放送され、様々なコンビ結成以来の映像や、秘話が紹介された。

オワ・ライによるネタ分析

太田「しかしすごいですね、政治の腐敗の額。億ですからね」
田中「すごいですね」
太田「億なんて私見た事ない。せいぜい円ですよ」
田中「バカかお前。億も円だよ」
(【知的】観客笑い)



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プロフィール

Author:オワ・ライ
お笑いライター歴10年。次々に出てくる面白い芸人達に敬意を表しつつも、ダウンタウン亡き後のお笑い界に不安を持つ。好きな芸人は、ダウンタウン、今田耕司、東野幸治、板尾創路、木村祐一、千原兄弟、山崎邦正、ケンドーコバヤシ、浅草キッド、ポイズンガールバンド、千鳥等。

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